44歳、台風のホテルで「生成AI」という言葉を初めて聞いた夜

2026-05-13

44歳、台風のホテルで「生成AI」という言葉を初めて聞いた夜

連載「触り始めて9ヶ月の記録」第1話


2024年8月29日。 台風で、熊本のビジネスホテルから一日外に出られなかった。

朝から雨と風で、コンビニまで歩くのも気が引ける天気だった。携帯がやっと手元に戻ってきたばかりだった。引越しのときに福岡に置き忘れて、当時の恋人が動いてくれて、なんとか前日に取り戻していた。連絡もとれないままホテルにチェックインした夜、フロントの対応がとても丁寧だったことだけ覚えている。

朝食を食べて、部屋に戻って、布団に座って、ノートパソコンを開いた。仕事はあった。福岡店の月末業務、シフト作成、店長会の議事整理。やるべきことはたくさんあったし、当時統括店長として「やっておけば月曜が楽になる」リストは長かった。

でも、ホテルから出られないのなら、と思って、ふだんは家でやっている習慣を一つやることにした。

シャワーを浴びる前にDaiGoの講座を聞く、という習慣だった。

8月17日にDラボに登録してから、ちょうど2週間。「slow down」の講座で「自分がなぜ料理をする時間を好きなのか」がわかった気がして、それから毎日のように何かしらの講座を流していた。日記もその週から始めた。新しいことを試したくなる時期だったのだろう、といま振り返ればわかる。

その日、いつもより少し違うことが起きた。

DaiGoが新しくAIチャンネルを始めるという告知を見て、加入手続きをした。Dラボの年間13,000円が高いと感じない理由を、その2週間で十分に体感していたから、AIチャンネルも試してみよう、と思った。

加入して、最初のアーカイブを再生した。

「生成AI」という言葉を、その日初めて聞いた。

ChatGPTは、そのころすでに少しは触っていた。でも、それを「生成AI」という大きな枠の中の道具だと知ったのは、その日が初めてだった。

44歳になって、台風の日に、ビジネスホテルの一室で、初めて「生成AI」という言葉を、自分のための言葉として聞いた。

その夜、日記に5行だけ書いた。

今日は台風でホテルにのんびり1日だった。 DaiGoAIチャンネルに加入し、生成AIというものを知った。 副業商材の商品説明や興味を持ってもらえるツールとして動画やスライドなど作れたら面白い。 当時の恋人と一緒に副業ができたら本当に楽しそうだな。同じ方向で頑張れるって素敵なことだなー。 でもまだ今日やるべきことが出来ていないから少しでも進めなきゃな。

5行のうち、AIに直接触れているのは2行。残りの3行は、当時関わっていた副業の商材のことと、一緒に夢を見ていた相手のことと、「やるべきことが出来ていない」という焦りだった。

これが、いまから1年8ヶ月前の自分が書いた、ぜんぶだった。

「生成AI」を知った瞬間に、頭に浮かんだもの

5行のうちの3行目に、こう書いてある。

副業商材の商品説明や興味を持ってもらえるツールとして動画やスライドなど作れたら面白い。

これが、いまから振り返ると、自分にとって一番大事な一行だった。

「生成AI」という言葉を初めて知って、その瞬間、頭に浮かんだのは「AIってすごい」でも「未来の話だ」でもなかった。当時関わっていた副業の商材の説明資料を作れたら面白い、ということだった。

副業を始めたばかりだった。本業の飲食店の統括店長は続けながら、当時の恋人と一緒に商品を扱う形で、副業に手を出していた。商品の魅力を伝えるツールは手作りで、不器用で、人に見せると「これ何の商品ですか」と聞かれる程度の説明資料しかなかった。

「動画やスライドが作れたら面白い」という言葉は、いま読み返すと当たり前のことを言っているように見える。でも、その日の自分にとっては、それまで「自分には作れないもの」だった動画やスライドが、「もしかしたら作れるかもしれない」に変わった瞬間だった。

ここに、いまの自分が伝えたいことが集約されている。

道具を見つけたから始まったのではなかった。

道具が解いてくれそうな課題が、すでに自分の手元にあったから始まった。

4行目、「同じ方向で頑張れる」

4行目は、こう書いてある。

当時の恋人と一緒に副業ができたら本当に楽しそうだな。同じ方向で頑張れるって素敵なことだなー。

当時の恋人と一緒に何かを作る、というイメージが、AIという道具を発見した瞬間に強くなった、と読み取れる。

実際にはこの恋人とは2ヶ月後に別れることになる。「当時の恋人と一緒に」の部分はかなわなかった。だから、いまこれを書いている自分は、この一行を読み返すたびに少しだけ胸が締めつけられる。

でも、ここに書いておきたいのは「叶わなかった話」ではない。

人がプログラミングや個人開発を始めるときに、その背中を押すのは、知的好奇心や技術への憧れだけではない、ということを言いたい。

「誰かと並んで歩きたい」という気持ちが、最初の一歩の燃料になることがある。

たとえそれが、後で別れる相手であっても、そのとき抱いた「並走したい」という気持ちは、別れた後も自分の中に残って、ひとりで歩き続ける動機になる。

5行目、「やるべきことが出来ていない」

そして最後の一行。

でもまだ今日やるべきことが出来ていないから少しでも進めなきゃな。

これが、いまの自分が一番好きな一行かもしれない。

「生成AI」という言葉を初めて知った夜、5行のうち最後の一行は、ふつうの仕事の心配だった。

ホテルで台風待ちしながら、AIチャンネルに加入して、新しい世界の入り口に立った、はずなのに、最後に書いてあるのは「シフトを作らなきゃ」「議事録を整えなきゃ」という当時統括店長の現実だった。

ここに、嘘がない感じがする。

ドラマの主人公みたいに「これだ、見つけた」と書いていない。「すごいものを見つけた、人生が変わる」とも書いていない。「面白そうだな、でも仕事しなきゃな」と書いてある。

これが、たぶん多くの人の「始まりの夜」のリアルだと思う。

劇的な転換点として始まるのではなく、ふだんの一日の最後に「面白そうなものを見つけた」と書き残して寝るところから始まる。

劇的だったのは、その夜の自分ではなく、その5行が「始まりの夜の記録」になることを、まだ誰も知らなかったことだった。

まだコードを書いていない44歳

この日からGitに最初のコミット(=コードを保管庫に保存する操作)をするまで、14ヶ月かかった。

ChatGPTを業務で本格的に使い始めるのは、この5日後だった。 ココナラとTikTokに何かを投稿するのは、3ヶ月半後だった。 ライブ配信を始めるのは、5ヶ月後だった。 LINE Botに初めて触るのは、12ヶ月後だった。 Gitに最初のコミットをしたのは、14ヶ月後だった。

その日の自分は、これからの14ヶ月で、ChatGPTを開いてプロンプトを書き、GitとNode.jsとVSCodeをインストールし、LINE BotがEcho(=送ったものをそのまま返すだけの最小機能)を返した瞬間に「やった、動いた」と書き、Cloud Run(=Googleのサーバー実行サービス)にデプロイしてGitHub Actionsで自動化することになるなんて、想像もしていなかった。

ただ「動画やスライドが作れたら面白い」と書いて、シフト作成に戻った。

44歳、台風の夜、ビジネスホテル、5行の日記、シフト作成への戻り道。

これが、9ヶ月後にいま個人開発で5プロダクトを並行で動かしている自分の、最初の点だった。

もし、いまこれから始めるなら

ここからは、いまの自分が、当時の自分に伝えたいことを書く。

当時の自分が「生成AI」を知ったときに頭に浮かんだのは、「AIをやる」じゃなくて「副業商材の商品説明が作れたら面白い」だった。

これが起点だった。

もし、いまあなたが「個人開発をやってみたい」「プログラミングを始めたい」「AIを使えるようになりたい」と思っているとして、最初にやるといいと思うのは、技術書を買うことでも、プログラミングスクールに登録することでも、AIサービスに月額を払うことでもない。

自分の手元にある「面倒な作業」「説明したいけど時間がない何か」を3つ書き出してみてほしい。

紙にでも、メモアプリにでも、いい。

3つあれば、たぶんそのうち1つは、AIや小さなコードで解けるものになっている。

道具を先に探すと、何のために学んでいるのかわからなくなって続かない。

課題を先に書き出すと、道具のほうから「これ使えるかも」と寄ってくる。

当時の自分は、副業の商品説明という具体的な課題を持っていたから、「動画やスライドを作るAI」という道具に手が伸びた。半年後にはAIで業務効率化を進めて、1年後にはLINE Botを書き始めて、いまは5つのプロダクトを並行で動かしている。

起点は、技術への憧れではなかった。

44歳の、副業を始めたばかりの、台風の日にホテルで暇を持て余していた、ふつうの人間の、5行の日記だった。


連載「触り始めて9ヶ月の記録」は、毎週日曜に1話ずつ更新します。次回は2024年12月12日、午前3時11分にココナラとTikTokに何かを投げた夜の話を予定しています。