二十人が受け取らなくても、その後ろに六人いるかもしれない

2026-05-21 · note 掲載版

二十人が受け取らなくても、その後ろに六人いるかもしれない

40日ぶりに走った日のことを書いておく。 資料作りで明け方3時まで起きていて、店長会議の司会を40分でまわして、Zoomを誤操作して部屋を消して、笑い飛ばしてそのまま走りに出た日だった。

体は重かった。新緑と青空と風があって、太陽はあたたかかった。 カフェに入って思考整理をしている途中で、窓の外に視線が留まった。

ティッシュを配る人を眺めていた

歩道で、若い男の人が立ってティッシュを配っていた。 通り過ぎる人の手元を、しばらく目で追っていた。

二十人、三十人と、ほぼ全員が受け取らない。 目を合わせない人、軽く首を振る人、スマホを見たまま素通りする人。 それでも彼は同じトーンで差し出していた。声を張るでもなく、しょげるでもなく、淡々と。

しばらく見ていると、何人かに一人、ふっと立ち止まる人がいる。 受け取った人は、たぶん次の信号待ちで広告を眺める。中身に興味を持つ人もいるし、ポケットに入れて終わる人もいる。 ティッシュ自体は誰のものでもよくて、ただ「今このタイミングで手が空いていた人」のところに渡る。

私はそれを見ながら、二十人受け取らなくても、その後ろに六人いるかもしれないと思った。 二十人受け取らなかった日に、自分には向いていない、と思ってしまったら、その人はもう翌週そこに立っていない。 受け取られなかったのは、たぶん今日この時間帯と、この場所と、たまたま通った人たちの組み合わせの問題で、配る人の価値の問題ではない。 同じ場所に翌週立てば、別の二十人と別の六人がそこを通る。

結果を一週間で切らない

合う人と合わない人がいる前提で立っている人のフォームは、ぶれない。 渡らなかった一回ごとに自分の価値を更新したりしない。 渡った一回ごとに飛び跳ねたりもしない。 ただ次の人が来るので、次の人に差し出す。

私が今やっている記事の発信や、店長との面談や、開発中の小さな学習サービスも、構造は同じだった。 note を書いて、誰にも読まれない日がある。 面談で、響かない日がある。 学習サービスを試した家庭から、何も返ってこない週がある。

そのたびに向いていないと判定していたら、たぶん私は一年もたなかった。 向き不向きは、一週間や一か月で出る話ではなくて、もっと長い時間の中で、受け取った人がその後どう動いたかでしか測れない。 それは相手の人生のテンポで起きるので、こちらの締切とは関係なく遅れて返ってくる。

去年のゴールデンウイークに飛行機に乗り遅れた

ティッシュを差し出している人のフォームを眺めながら、私は去年のゴールデンウイークのことを思い出していた。

去年の連休、私は飛行機に乗り遅れた。 仕事で別の県に入る予定で、便を取って、空港に向かったところで間に合わなくなった。 連休中だったので便はなかなか押さえ直せず、結果的にゴールデンウイークを通して、本来やる予定だった仕事ができなくなった。 私が動けなくなったぶん、他の人にも予定の組み直しや穴埋めが回った。

自分でも「あちゃー」だった。 段取りの問題でもあり、時間の見積もりの問題でもあり、なにより連休に何かを足そうとしすぎた自分の欲張りの問題でもあった。 事故というよりは、自分の不完全さが、いちばん都合の悪い形で表に出たやつだった。

しばらく経って、それを友人に話したことがある。 笑いながら話している私を見て、その人はこう言った。 飛行機乗り遅れた話を笑いながら話せるってすごいね、と。

そのときの自分は、そう言われて、そうか?と思ったのを覚えている。 そんなにすごいことだと思っていなくて、ただ、もうやってしまったことだから、笑って話すしか残っていなかっただけだった。 連休中、私は誰かに「飛行機乗り遅れるし、ゴールデンウイーク働けなくなる」と書いていた。 「私は、不完全主義です」とも書いていた。 完璧にやれない自分を、開き直って引き受けているような言い方だった。

やらかした自分と、ティッシュを差し出している人

ティッシュを差し出している人と、飛行機に乗り遅れた私は、私のなかで重なって見えた。

ティッシュを差し出している人は、二十人に断られても、フォームを崩さずに次の人に差し出していた。 飛行機に乗り遅れた私は、連休のあいだ仕事を回せなくなって、他の人に迷惑をかけて、そのあとそれを笑って話していた。 どちらも、毎回うまくいくわけではない側に立っている。

ティッシュを差し出している人の立ち方を見ながら、たぶん私はこう思っていた。 完璧にやれることだけを残していくと、そもそも立ち続けられない。 やらかしたり、断られたり、迷惑をかけたりした分は、後で笑って話せる側に持っていくしかない。 そうしないと、その日のうちに「自分には向いていない」のラベルが貼られて、翌週そこに立てなくなる。

ティッシュ自体は誰のものでもよくて、たまたま手が空いていた人のところに渡る。 私が連休に予定していた仕事も、私一人のものではなくて、結局は誰かの手で動かされていた。 受け取られない日もあるし、自分が運べない日もある。 それでも、書き残しておけば、後で笑って話せる素材になる。 笑って話せるところまで持っていけたエピソードだけが、続けるための燃料になっていく気がした。

走り終わって、無料券を渡した

マクドナルドに寄ったら、隣の席にご婦人が一人で座っていた。 ハンバーガーの無料券が一枚余っていたので、よかったらどうぞ、と差し出した。

たぶんこれは、ティッシュ配りの人を眺めて、去年の飛行機の話まで思い出した帰り道だったから出てきた行動だった。 完璧にやれなかったほうの自分も連れて歩いているからこそ、無料券一枚くらいは、断られてもいい前提で出せた。 受け取って、渡す。 渡せなかったら、また次の人に差し出せばいい。 そう思える側に、今日たまたま立っていた。

ご婦人は少し驚いた顔をして、ありがとうございますと小さく言って、無料券をテーブルに置いた。 すぐには使わないかもしれないし、結局使わないかもしれない。 それでも、私は今日、渡せた側だった。

衝動の話や、夕寝の話や、サラダを食べきれなかった話は別の日記に書いた。 今日の一日は、走れた日でも資料を仕上げた日でもなくて、歩道のティッシュを眺めて、マクドナルドで券を渡した日として残しておきたい。 それくらいの粒度で残しておけば、また忘れた頃に読み返せる。

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