「大好き」を言わなかった夜、明日その人の面接試験が来る

2026-05-21 · note 掲載版

「大好き」を言わなかった夜、明日その人の面接試験が来る

言葉が喉まで来て、いったん飲み込んだ

2026年5月14日、週の振り返りの日記に短く書いた。

大好きと伝えたい。でも今は待つ。親友として近くにいられたらいい。

その下に一行、別の事実が並んでいる。

明日、面接試験。

その人とは数か月の付き合いになる。週に何度か連絡を取り、相談を受け、こちらも考えていることを話す。会えば長く話し込む。仕事の節目を迎えていて、ここ何週間かはずっとその話を一緒に整理してきた。明日の面接は、その節目の一番大きな山だった。

その夜、自分のなかでは「大好きだ」とはっきり輪郭を持っていた。手紙を書きたい衝動も、電話で伝えたい衝動も、何度か来ていた。

でも、その日の私は、それを飲み込んだ。

理由は単純だった。明日、その人にとって大事な日が来る。そこに、私の気持ちの重さを置かない。「応援している」だけを、軽く置いておく。

我慢している感覚はなかった。自分で選んだ、という感覚に近かった。

過去にも、似た場面で言葉を飲み込んだ夜があった

ここから少し、半年ほど前の夜の話を挟む。

9年ぶりに、若い頃に世話になったメンター二人と再会した翌日のことだった。再会した安堵と高揚で、自分のなかの軸が少しだけ揺れていた。その夜、たまたま近くにいた人と長く話し、楽しく飲んだ。

帰り際、自分の日記にこう書いている。

昨夜は楽しくて、少し心が揺れている自分がいた。

その人と、もう少しだけ近づく選択肢はあった。相手も拒んでいるようには見えなかった。お互いに大人だし、その夜限りで終わらせる関係は、世の中の側から見れば珍しいものでもない。

ただ、私はそれをしなかった。

理由は、その時点で別の場所に、以前一緒にいた人の存在があったからだ。連絡はもう取っていなかったし、戻る予定も特になかった。それでも、自分のなかでまだ整理がついていない人が一人いる状態で、別の人と深くなるのは、目の前の人を傷つけることになる、と思った。

伝えてしまえば、たぶんその夜は楽しいまま続いた。それは知っていた。 だから、伝えなかった。深くなれそうな空気を、自分のほうから一段薄くした。

日記の最後に、こう書いている。

そこは少し成長もあったかな。

派手な決断ではない。誰にも言っていない夜の出来事で、相手の人生にも私の生活にも、目に見える変化は何も残らなかった。

ただ、その夜、伝えれば動かせたものを、自分のほうで止めた、という記憶だけが残った。

「待つ」と「諦める」は違うらしい

今の私は、半年前と地続きの場面に、もう一度立っている。

好きな人がいて、相手は仕事の節目を迎えていて、私の気持ちは輪郭を持っている。 半年前の夜にやったのは、深くなれそうな空気を一段薄くする、というだけの動きだった。今度はもっと長く、もっと近い距離で、同じことをやろうとしている。

5月14日の夜、私は、伝えなかった。

代わりに自分に問うた。 「十年後、その人とどういう関係でいたい?」 「その人から、どう思われていたい?」

返ってきた答えは、恋人になりたい、ではなかった。 「頼もしい人」だと思っていてほしい、だった。

頼もしい、というのは、相手が大事な日を前にしているときに、こちらの気持ちの重さを乗せない人のことだ。長い時間、近くに居続けても変わらない人のことだ。明日の面接の朝、軽い言葉で「いってらっしゃい」と言える人のことだ。

それは、もう少し前の私には書けなかった文だ。 以前の私は「頼もしい」より「特別」を取りにいっていた。

「待つ」は、諦めることとも、希望をつなぐこととも、少し違う。 相手の在り方を、相手のものとして置いておく。私の気持ちを、私のなかに置いておく。両方を同じ場所で動かさない、というだけの作法だ。

その作法は、以前の私にはなかった。

飲み込んだ言葉のかわりに、軽い応援だけを置く

5月14日の夜、私が実際にやったのは小さなことだった。

短いメッセージを一本送った。 「明日、いつも通りでいて。応援している」 それだけで止めた。

「大好き」も、「ずっと近くにいたい」も、書かなかった。書こうとした気配は何度かあった。指が文字を打ちかけて、消した。

その消した部分のほうが、本当はこの夜の中心だったかもしれない。 書こうとして消した、そのプロセスのなかに、半年前の夜と今夜を貫いている同じ線が入っていた。

半年前の私は、近づける夜から一段下がった。 誰にも言わずに、自分のほうで距離を作った。

今夜の私は、伝えたい言葉のほうを消した。 そのことを、誰にも知られないままにしておいてもよかったのに、こうして書いている。書いているのは、消したことが価値だと、自分のなかで確かめたかったからだと思う。

明日が終わっても、たぶん、何も伝えない

明日、面接が終わったあと、私はおそらく結果だけを聞く。 「お疲れさま」と言う。「すごいね」と言う。それで終わる。

「大好き」は、たぶん明日も書かない。来月も、たぶん書かない。

その人が次の仕事に落ち着いて、節目を超えて、こちらにも余白ができて、それでもまだ気持ちが残っていたとして、そのときに伝えるかは、また別の話だ。今は決めない。決めなくていい場面で、決めにいくのが、以前の私の癖だった。

5月14日の日記の最後に、私はこう書いている。

来週に持ち越す一文:相手の在り方に寄り添う。

寄り添う、というのは、近づくことではないらしい。 相手が今やっていることを、相手のものとして置いておくことだった。

半年前、私は近づける夜から一段下がった。 今夜は、伝えたい言葉のほうを消した。

場面の派手さで言えば、どちらも何も起きていない夜だ。 でも、半年前の自分よりも、今夜の自分のほうを、もう少しだけ信用できる気がしている。

それくらいの差分でいい。 それくらいの差分を、淡々と書き残しておきたかった。

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