売れることを目的にせずに、有料の記事を置いた日

2026-05-21 · note 掲載版

売れることを目的にせずに、有料の記事を置いた日

有料記事を、置いた日

5月17日の夜、有料のnote記事を一本公開した。値段をつけて、公開ボタンを押した。

公開した瞬間、自分が思っていたほど興奮していないことに気づいた。「これで稼ぐぞ」とも、「読まれなかったらどうしよう」とも、あまり思っていなかった。ただ、書いたものを置いた、という感覚に近かった。

その夜のジャーナルに、こう書いた。

Noteは売れることを目的としていないが、興味持ってくれる人がいたら嬉しい。

書いてから、少しだけ立ち止まった。「売ることが目的じゃない」と「興味を持ってくれたら嬉しい」と、自分の中ではどこかで「これは売れそうな気がする」も同時にあった。三つが、矛盾していないように感じていた。

以前の自分なら、ここで一つに揃えようとしていたと思う。「売るために書いたのか、書きたかったから書いたのか、どっちなんだ」と、自分で自分を問い詰めていた。今日はそれをしなかった。

ひだまりも、そうだった

部屋でアニメを見ながら、ぼんやり考えていた。

これは、ひだまりと同じ姿勢だな、と思った。

ひだまりは、子どもがそっと立ち寄って、わからない問題のヒントだけをもらって帰っていける、小さな学習の場として作っている。「来てください」と引っ張ったり、「これをやれば成績が上がります」と煽ったりはしない。置いておくだけ。子どもが必要なときに来てくれれば、そのときだけ応える。

有料記事も、同じだった。

書いた。値段をつけた。置いた。買ってくれる人がいたら嬉しい。買われなかったとしても、書いたこと自体はもう自分のなかで完了している。「読まれるために書いた」のではなく、「書いたから置いた、置いたから値段をつけた」の順番だった。

引っ張らない。煽らない。ただ、必要な人にだけ届けばいい。

そう整理したら、「売れそうな気がする」という淡い予感も、ちゃんと自分のなかに置いておけるようになった。あれは欲ではなく、書いたものへの素直な手応えだったと思う。手応えがあるから値段をつけた。値段をつけたら、結果として売れるかもしれない。それだけの話だった。

2019年、副店長として最優秀店舗賞を受け取った年

ここで時間が一気に巻き戻る。

2018年9月、私はある新しい会社の店に副店長として入社した。37歳になる年だった。前職から職種を変えての転職で、店長ではなく副店長という肩書だった。

入った最初の年、その店舗が2019年度の最優秀店舗賞を受賞した。

書類にはこう残っている。副店長として入社。副店長ではありましたが、2019年度最優秀店舗賞受賞しました。これには店舗従業員及び店長フォローができ、チーム一丸となって施設のリフレッシュ景気に乗り、年間売上を飛躍的に向上させることが出来ました、と。

当時の自分を思い返すと、最優秀を取りに行っていたわけではなかった。

副店長として、店長をフォローして、店舗のメンバーが動きやすいように整える。施設全体がリフレッシュで賑わっていたから、その流れに店としてちゃんと乗れるように、人の配置や声かけを調整していた。そういう日々の積み重ねだった。

「自分の手柄として店長賞を取りに行く」みたいな動き方は、たぶん私には向いていなかった。だから、肩書を一段下げた状態で入社したのも、自分にとってはちょうどよかったんだと思う。店長を立てて、メンバーを支えて、店全体が結果を出せばそれでいい、という姿勢が、副店長というポジションと噛み合っていた。

結果として、その年の最優秀が来た。

順番でいうと、賞を取るために動いたのではなく、店を回すために動いていたら賞が来た、だった。目的は店の現場のほうにあって、賞は後からついてきた結果でしかなかった。

目的にしないと、結果のほうから来る

2019年の私と、2026年の私で、やっていることはぜんぜん違う。

副店長として現場で人を動かしていた頃と、ひだまりやもやログやりぴメモを個人で作って、AkariLabの記事を毎日書いている今とでは、扱っているものがまるで違う。

それでも、姿勢は同じだなと思った。

副店長のときは、最優秀を目的にしなかったから、現場に集中できた。現場に集中していたら、結果として最優秀が来た。

ひだまりのときは、子どもを集めることを目的にしなかったから、置いておくだけの設計にできた。置いておくだけの設計だから、必要な子どもがそっと立ち寄れる場所になった。

有料記事のときも、たぶん同じだった。売ることを目的にしなかったから、書きたかったものをそのまま書けた。書きたかったものを書いたから、値段をつける手応えが残った。値段をつけたから、結果として売れるかもしれない、という淡い予感が出てきた。

順番が一つずれているだけで、出てくるものがぜんぜん違う。

「売らない目的」という言葉は、たぶん正しくない

ジャーナルでは「売れることを目的としていない」と書いたけれど、これは少し違うかもしれない。

正確には、「売ることだけを目的にしていない」だった。

書きたかったから書いた、というのが土台にある。書いたものに、ちょうどよさそうな値段をつけた。誰かが買ってくれたら嬉しいし、買われなくても自分のなかでは終わっている。そういう順番の作品が、結果として有料記事になっただけだった。

「売らないため」ではなく、「売ることに振り回されないため」、と言うほうが近いと思う。

ひだまりも同じだった。「子どもを集めるため」ではなく、「子どもが来たくなったときに受け止められるため」に作った。私の場合、集めることを目的に置くと、急に煽る言葉が出てきそうになる。受け止めることを目的に置くと、置いておくだけでよくなる。

順番が一個違うだけなのに、出てくる言葉も、姿勢も、ぜんぜん違うものになる。

走れなかった夜にも、自分を責めなかった

その日のジャーナルには、もうひとつ書いていた。「走りに行きたかったけど行けなかった」。

以前の私なら、ここで一段落ぐらい自分を責めていたと思う。今日は、「明日も時間がある」と書いて、それで終わっていた。

「野菜食べられない、自炊モチベ低い」と思いつつ、実際は野菜を二束のほうれん草とトマト二個ぶん食べていた、ということにも気づいて、ちょっと笑った。

思い込みと実際の行動が、ずれている日があっていい。走れない日があっていい。書いたものが売れない日があっていい。

たぶん全部、同じことだ。

「目的を一個に絞らない」ことに、ようやく慣れてきた。

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