売れることを目的にせずに、有料の記事を置いた日

有料記事を、置いた日
5月17日の夜、有料のnote記事を一本公開した。値段をつけて、公開ボタンを押した。
公開した瞬間、自分が思っていたほど興奮していないことに気づいた。「これで稼ぐぞ」とも、「読まれなかったらどうしよう」とも、あまり思っていなかった。ただ、書いたものを置いた、という感覚に近かった。
その夜のジャーナルに、こう書いた。
Noteは売れることを目的としていないが、興味持ってくれる人がいたら嬉しい。
書いてから、少しだけ立ち止まった。「売ることが目的じゃない」と「興味を持ってくれたら嬉しい」と、自分の中ではどこかで「これは売れそうな気がする」も同時にあった。三つが、矛盾していないように感じていた。
以前の自分なら、ここで一つに揃えようとしていたと思う。「売るために書いたのか、書きたかったから書いたのか、どっちなんだ」と、自分で自分を問い詰めていた。今日はそれをしなかった。
ひだまりも、そうだった
部屋でアニメを見ながら、ぼんやり考えていた。
これは、ひだまりと同じ姿勢だな、と思った。
ひだまりは、子どもがそっと立ち寄って、わからない問題のヒントだけをもらって帰っていける、小さな学習の場として作っている。「来てください」と引っ張ったり、「これをやれば成績が上がります」と煽ったりはしない。置いておくだけ。子どもが必要なときに来てくれれば、そのときだけ応える。
有料記事も、同じだった。
書いた。値段をつけた。置いた。買ってくれる人がいたら嬉しい。買われなかったとしても、書いたこと自体はもう自分のなかで完了している。「読まれるために書いた」のではなく、「書いたから置いた、置いたから値段をつけた」の順番だった。
引っ張らない。煽らない。ただ、必要な人にだけ届けばいい。
そう整理したら、「売れそうな気がする」という淡い予感も、ちゃんと自分のなかに置いておけるようになった。あれは欲ではなく、書いたものへの素直な手応えだったと思う。手応えがあるから値段をつけた。値段をつけたら、結果として売れるかもしれない。それだけの話だった。
2019年、副店長として最優秀店舗賞を受け取った年
ここで時間が一気に巻き戻る。
2018年9月、私はある新しい会社の店に副店長として入社した。37歳になる年だった。前職から職種を変えての転職で、店長ではなく副店長という肩書だった。
入った最初の年、その店舗が2019年度の最優秀店舗賞を受賞した。
書類にはこう残っている。副店長として入社。副店長ではありましたが、2019年度最優秀店舗賞受賞しました。これには店舗従業員及び店長フォローができ、チーム一丸となって施設のリフレッシュ景気に乗り、年間売上を飛躍的に向上させることが出来ました、と。
当時の自分を思い返すと、最優秀を取りに行っていたわけではなかった。
副店長として、店長をフォローして、店舗のメンバーが動きやすいように整える。施設全体がリフレッシュで賑わっていたから、その流れに店としてちゃんと乗れるように、人の配置や声かけを調整していた。そういう日々の積み重ねだった。
「自分の手柄として店長賞を取りに行く」みたいな動き方は、たぶん私には向いていなかった。だから、肩書を一段下げた状態で入社したのも、自分にとってはちょうどよかったんだと思う。店長を立てて、メンバーを支えて、店全体が結果を出せばそれでいい、という姿勢が、副店長というポジションと噛み合っていた。
結果として、その年の最優秀が来た。
順番でいうと、賞を取るために動いたのではなく、店を回すために動いていたら賞が来た、だった。目的は店の現場のほうにあって、賞は後からついてきた結果でしかなかった。
目的にしないと、結果のほうから来る
2019年の私と、2026年の私で、やっていることはぜんぜん違う。
副店長として現場で人を動かしていた頃と、ひだまりやもやログやりぴメモを個人で作って、AkariLabの記事を毎日書いている今とでは、扱っているものがまるで違う。
それでも、姿勢は同じだなと思った。
副店長のときは、最優秀を目的にしなかったから、現場に集中できた。現場に集中していたら、結果として最優秀が来た。
ひだまりのときは、子どもを集めることを目的にしなかったから、置いておくだけの設計にできた。置いておくだけの設計だから、必要な子どもがそっと立ち寄れる場所になった。
有料記事のときも、たぶん同じだった。売ることを目的にしなかったから、書きたかったものをそのまま書けた。書きたかったものを書いたから、値段をつける手応えが残った。値段をつけたから、結果として売れるかもしれない、という淡い予感が出てきた。
順番が一つずれているだけで、出てくるものがぜんぜん違う。
「売らない目的」という言葉は、たぶん正しくない
ジャーナルでは「売れることを目的としていない」と書いたけれど、これは少し違うかもしれない。
正確には、「売ることだけを目的にしていない」だった。
書きたかったから書いた、というのが土台にある。書いたものに、ちょうどよさそうな値段をつけた。誰かが買ってくれたら嬉しいし、買われなくても自分のなかでは終わっている。そういう順番の作品が、結果として有料記事になっただけだった。
「売らないため」ではなく、「売ることに振り回されないため」、と言うほうが近いと思う。
ひだまりも同じだった。「子どもを集めるため」ではなく、「子どもが来たくなったときに受け止められるため」に作った。私の場合、集めることを目的に置くと、急に煽る言葉が出てきそうになる。受け止めることを目的に置くと、置いておくだけでよくなる。
順番が一個違うだけなのに、出てくる言葉も、姿勢も、ぜんぜん違うものになる。
走れなかった夜にも、自分を責めなかった
その日のジャーナルには、もうひとつ書いていた。「走りに行きたかったけど行けなかった」。
以前の私なら、ここで一段落ぐらい自分を責めていたと思う。今日は、「明日も時間がある」と書いて、それで終わっていた。
「野菜食べられない、自炊モチベ低い」と思いつつ、実際は野菜を二束のほうれん草とトマト二個ぶん食べていた、ということにも気づいて、ちょっと笑った。
思い込みと実際の行動が、ずれている日があっていい。走れない日があっていい。書いたものが売れない日があっていい。
たぶん全部、同じことだ。
「目的を一個に絞らない」ことに、ようやく慣れてきた。
#日記 #ジャーナリング #エッセイ #note #毎日note #毎日更新 #続けること #内省 #自己観察 #気づき #書く #ひとりごと #ライフログ #雑記 #思考整理 #感情整理 #自分メモ #ものづくり #創作 #物書き #40代 #40代の生き方 #個人開発 #ひとり起業 #会社員 #サラリーマン #フリーランス #副業 #店長 #マネジメント #組織 #店舗運営 #人を育てる #対話 #コミュニケーション #人間関係 #家族 #子育て #メンター #上司部下 #生き方 #価値観 #誠実 #迷い #選択 #決断 #覚悟 #待つ #観察 #自己理解 #自己一致 #習慣 #瞑想 #ジム #運動 #読書 #執筆 #朝の時間 #夜の時間 #五月 #初夏 #福岡 #九州 #心の動き #日常 #暮らし #淡々 #小さな気づき #AI #AkariLab #有料note #値段つけ #収益化 #お金との付き合い #副店長 #最優秀店舗賞 #二〇一九年 #表彰 #結果と目的 #置いておく #来たら応える #ひだまり思想 #収益化葛藤 #書くこと #価値 #提供 #対価 #肩書 #順番 #目的にしない #結果のほうから来る #売らない目的 #興味持ってほしい #気がする #誠実なお金 #コンサル #ココナラ #副店長として最優秀 #売上飛躍 #リフレッシュ景気