夜風の橋の上で別れを手放した

2026-04-24、1年半前の深夜0時過ぎを思い出している。熊本から帰ってきたばかりの夜だった。
今日の現場
最近、衝動に従うことが少なくなった
予定通りの夜が多い
それが悪いわけではない
ただ、心の声を聞き落としている感覚はある
今日はそのことが、静かに気になっていた
あの頃と今
2024年10月14日、深夜0時21分。熊本出張から帰宅したばかりで、本当なら疲れて寝ていい時間だった。でも急に「いつもと違うことがやりたい」という気持ちが湧いてきて、いてもたってもいられなくなって、ジャージに着替えて西新方面へ歩き出した。
ガスト横の橋の風景に心を奪われた。思うがままに駆けつけて、そこで10分、ぼっと眺めていた。夜風がとても気持ちよかった、と日記に書いてある。「何が変わったか分からない。でも自分の思いに正直に向き合ってその心の声を聞いたってすごくいい」と。
同じ夜の日記には、別のことも書いてあった。元カノのことだ。「好きだし、離れたくは無いけど、気持ちが離れている以上引き留める意味はない。だから前むくしかないよな。無理しなくて良いけど」。そして最後に「ありがとうってリリースするんだ」と書いている。清々しい覚悟、と書こうとして、たぶん強がりも混ざっていた、と今なら思う。
その日の昼はミスドで食べてカロリーオーバー、夜は仕事先の夫妻と浜勝で食事会、と普通に忙しい一日だった。特別な日として組み立てたわけではない、普通の日の終わりに、橋の上の10分があった。
頭の中
衝動はノイズではなくて、データだと思う。家にいたほうが合理的な夜に、橋まで歩かせた何かは、自分にしかわからない信号だった。後からしか読めない言語で書かれている信号。
「ありがとうってリリースする」と書けたのは、橋まで歩いた自分だったからな気がする。家にいたら、たぶんその言葉は出てこなかった。夜風と、他人の予定が終わった静けさと、ジャージの雑さが、別れの言葉を書ける状態を作っていた。
ただ、衝動に全部従っていたら毎晩違う場所にいる。信号は受け取る、行動するかは別で決める。今の自分は、信号そのものを取りこぼしている気がする。予定に寄り切られている。
まだ途中のこと
あの夜の「リリース」は本当にできていたのか、まだ答えが出ない。手放したつもりで、ずっと持ち続けているものもある。持ち続けている自覚だけは、少しずつはっきりしてきている。
読んでくれてありがとう。
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